おんかくもうため

2003年10月24日

ICUは面会時間が1人10分以内という規則だったが
私はガンとしてカツのベッドの横から離れなかった。
「奥さん、規則を守ってもらわないと困ります。」
何度も何度も叱られたけど、最後には呆れて黙認してくれた。

カツは身体こそ動かなかったけど意識はずっとしっかりしていた。
私はなんとかカツの脳に刺激を与えないといけないと考えた。
山程レポート用紙を買い、マジックペンの大きな文字で
いくつもいくつもメッセージを書いてカツに見せた。

「ここはH病院」
「脳の血管が切れて運ばれたの」

その度にカツは少しだけ頭を動かして頷く様な素振りを見せた。

それから特製の50音表を作った。
「あいうえお」を全部バラバラに出来る様にして
カツが目で合図を送った平仮名をひとつずつ拾い、それを別のボードに移す。
そうすると、その別のボードの方にカツの言いたい言葉が出来上がる。

気の遠くなる様な作業だったけど、私はどうしてもカツの言葉が聞きたかった。
カツの気持ちが知りたかった。
そしてその50音表を使ってカツが初めて作った言葉。

「おんかくもうため(音楽、もう駄目)」

駄目なんて考えたらアカン!!
ガンバラな、な、カツ!!

「またロング・トール・サリー聞きたいねん。」
私はレポート用紙にそう書いた。

カツはただ不安気にまばたきをするだけだった。

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